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現実と仮想を行き来する。 [独白]

@最近、“ネトゲ廃人”という言葉をよく耳にする。何でも、ネットゲームに嵌りこんでしまい、心身ともに現実世界への対応を失ってしまった人を指すらしい。

@日がな一日、PCにかぶりつき、ネットゲームに夢中になっているうちに、その「仮想世界」こそが彼等にとっての「現実」となってしまい、日々実際に生活している「現実」が、彼等の中で「仮想」になってしまうのだろう。

@現実と仮想のあわいには、ハッキリした線引きは出来ないと言われている。ただ曖昧糢糊なる境界線がぼんやりあるだけである。ネトゲ廃人達は、その境界線から、「仮想」側に居付いてしまったのだろう。


@ゲームの快楽は、ネットというツールを得たことで、ますます強力なものになりつつある(ように思える)。その強い快楽を味わい、“美味”を忘れられなくなった人が、実生活という「現実」に戻れなくなり、「仮想」の世界に居付くようになるのだ。

@私達は普段の生活で、現実と仮想の間を行き来している。小説を読んでいる時は、その物語世界という「仮想」の世界に入りこんでいる。で、読み終わるとすぐに現実へと戻る。TVでドラマを見ている時も、ディスプレイに映し出される、仮想の世界に入りこんでいる。これも番組が終わると、現実に戻る。

@ネトゲ廃人達は、その「現実と仮想との往来」が、ゲームが齎す、余りの快楽の甘みゆえに、出来なくなってしまったのだ。少なくとも、そう考えて、間違いはなかろう。


@私達は、仮想世界が強力な力をもっているとき、それにとらわれないように、酔い過ぎないように気をつけるしかないようだ。


@思えば、歴史上の人物の中でも、ルートヴィッヒ2世やアドルフ・ヒトラーは、リヒャルト・ヴァーグナーの創る楽劇から生み出される、余りに強力な仮想の力に酔い痴れ過ぎて、彼の世界を現実化しようとし、その為に、さまざまな悲劇を引き起こしてしまった。彼等とネトゲ廃人は一見似ても似つかないが、現実と仮想の区別がつかなくなっていたらしい、という点では、非常に似通っている。

@現実と仮想の世界を行き来することは、心が“崩壊”しない為の、人間が自然に行うある種の防御反応なのかもしれない。

@その防御反応が正常に出来ている間は、人間は心を健全に保つことが出来るのだろう。
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