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『明日の神話』。 [雑文]

@京王井の頭線・渋谷駅のマークタワー側の巨大な壁にかけられている岡本太郎の壁画『明日の神話』。行方が判らなくなっていたのが数年前に発見され、復元されて京王井の頭線の渋谷駅に掲げられた。

@真ん中に炎に焼かれる白骨があるが、あれを見た時『ニーベルングの指環』の第3夜『神々の黄昏』のラスト近くのシーンを思い出した。ハーゲンの策略に嵌められた果てに殺されたジークフリートが荼毘に付され、ブリュンヒルデが悲しみの中、彼への愛を叫び、彼を燃やしている炎に飛びこみ、愛に殉じていくシーンだ。

@あの白骨は荼毘に付されゆくジークフリートを想起させる。確か聞く所では、あの白骨はヒロシマ・ナガサキの犠牲者を現わしているということだった。この絵を見て、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下を思い起こすと、『神々の黄昏』のラストシーンと2重写しに見える。

@荼毘に付されるジークフリートは、そのまま原爆の犠牲者とダブっている。


@原爆投下と空襲で、日本の中の古い世界は焦土と化した。その焦土から新しいものが生まれて来る。『明日の神話』は如何やら、その優れたメタファーなのかも知れない。

@『神々の黄昏』は、全てがラインの氾濫で流れ去ったあとは、何も無い白紙のまっさらな世界が残る。その白紙から善人たちの新しい世界が築かれるのではないか、という期待が生まれたり、あるいはまったく完全滅亡だったりと、終わったあとで、人々はイマジネーションを逞しくする。ヴァーグナーは『神々の黄昏』のラストのラストで、余白を用意したのかも知れない。

@で、岡本太郎の『明日の神話』は、前者の“古い世界が滅び、そのあとに新しい世界が生まれる”というほうだ。戦乱の果てに核兵器にてとどめを刺され、夥しき犠牲者を出し、そうして古い世界が滅び去ったあとに、平和な新しい世界の誕生へ思いを込めて、太郎はあの大壁画を描いたのではないか。


@しかし、実際は、9.11のテロにも象徴されるように、分断と憎悪とルサンティマンのどす黒い嵐が世界津々浦々で渦巻き、数多の悲惨な出来事が起こっている。

@『明日の神話』は『平和への神話』であったはずだ。我々はこの絵を描いた太郎の深い思いに寄り添い、如何したら彼の望んでいたような、本当に平和な世界が築けるか、真剣に考えるべき時期に来ている。
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