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古の宝を包み運ぶ匠~NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』・海老名和明氏~

@今、若い者達の間で「仏像ブーム」が沸き起こっているという。とにかく、その佇まいが「素敵!」なのだとかいう。「仏像ブーム」の火付け役は、イラストレーターのみうらじゅん氏だという。実際、氏はいとうせいこう氏と共に日本各地の仏閣の仏像を、独自のユニークな見かたで見学し「見仏記」なる本も共著で出している。

@それと平行してか、最近、博物館や美術館で、仏像の展覧会が盛んに行われている。今回上野・東京国立博物館(平成館)で行われている「阿修羅展」もそのひとつだ。連日観客が絶えないらしい。

@普段は興福寺にある、この眉根を寄せ、険しい顔をした三面・六腕の異形の美少年は、激しい生命の衝動を仏智によって抑制されているという、一つのメタファーにも見える。

@阿修羅の中身は空洞で、中に四角いものが入っている構造になっている。これは今回放映されたNHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」をみて初めて知った。木型にのり代わりの漆で布を貼りつけ、その上から漆を塗って、彩色された所謂「乾漆」製…言ってみれば漆で塗り固めた張子の像なのである。興福寺の阿修羅がそういう像だとは知ってはいたが、中に四角いものが入っていたとまでは知らなかった。

@前振りが長くなってしまい恐縮だが、今回の「仏像ブーム」を蔭の蔭で支えている人たちがいる。今回の放映で紹介された海老名和明氏は、そういう人達の第一人者である。

@海老名氏は、文化財を目的地まで運ぶ際、何時もある恐怖と戦っているのだという。運ぶものが何時振動で壊れてしまうか、それが恐ろしい、というのだ。

@番組の中で、海老名氏は、99.9%は壊れないと思っているけれど、それでも壊れてしまっているかもしれない、というように語っておられた。それほどに、文化財の梱包・輸送という仕事は、細心の上に細心を重ね、極めて繊細な神経を使う大変な仕事なのだ。

@だいたい、文化財というのは、1度破損したら、もとどおりにはならないシロモノなのだ。例えば火事で焼いてしまったら、もうそれは永遠になくなってしまう。復元してもオリジナルとはやはり何処かが違う。長年の風雪を経て、虫が食っていたり、表面が風化していたり、ひびが入っていたりして、ヘタに扱うと、その価値を崩してしまう。

@だから文化財の梱包や輸送には、非常に厳密に気を遣わなければならない。極度の緊張を強いられる仕事なのだ。番組の中で、海老名氏が、何も持たずにお寺の境内に佇んでいるのを見た。これは「無」の状態になっているのだという。繊細な仕事を始める前には、頭を空っぽ状態にしておくのがいいというわけなのだ。そのほうが、仕事に徹底的に集中できるのだろう。全神経をこめて仕事をしたあとは、「ほっとする」と仰っていた。私にはこれが大きな仕事を終えて得る、ある爽快な達成感のように思えた。

@仏像など貴重な文化財の梱包と輸送…昔は布でぐるぐる巻きにしていた時代があったらしい。それが海老名氏の時代には、薄葉紙という、非常に薄くて、しかし丈夫な紙を、思いっきりクチャクチャにしてから、仏像を優しく包む。こうすると、仏像を傷つけないですむというのだ。

@また、文化財を触る時は、軍手など手袋の類いをするのではなく、素手でさわるのだとも。軍手で触ると文化財の素材がすれて傷がついたりしてしまうんだそうだ。これも今回の放映で初めて知った。

@今回、阿修羅を東京国立博物館に運ぶにあたり、海老名氏は、腕やアシなどに取り付ける「クッションつき」のアタッチメントを考案し、それを使用することを決めた。何回も入念な梱包実験や輸送実験を行い、漸く阿修羅を東京まで運ぶことに成功した。それまでのプロセスを番組内で見た。

@氏がはじめて阿修羅のボディに触れたとき、「思ったよりも繊細で、腕にひびが入っていた…」と語られていたのが印象に残る。阿修羅は腕に例のアタッチメントをつけられ、下にアイソレーターを着けられ、薄葉紙で柔らかく、しかし厳重に包まれ、東京へと運ばれていった。

@番組を見終わって、これは本当に失敗の許されない仕事だと、つくづく思い知らされた。仕事には、失敗しても取り返しがつくものと、そうでない一回こっきりの仕事とがある。海老名氏のお仕事は、まさに後者であり、繊細な上に繊細な神経がものをいう仕事だと思わざるを得なかった。

@匠といわれる人は、いいもの、後世に残るものを作る人だけを指して言われることが多い。けれども、今回の海老名氏のように、古の頃に優れたもの造りの匠が作って残したものを、おそらく、その匠に深い敬意を表しながら、優しく包み、振動で壊れぬように慎重なしかけをしてから運んでいく、そういう人も、優れた匠と呼ぶべきなのかもしれないと思った。
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