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真夏の黄昏に、鳴り物たちの響きを聴く [出歩く]

@昨日は雑司が谷に赴いた。何時もの土曜のように、半ドンの仕事を終わらせ、いそいそと外へ出た。

@空のど真ん中近くにあるだろう、メラメラと燃える天球が、ほとんどが人工物で出来ている、街並みをマトモにガッと照らし、地上は灼熱の世界と化していた。

@焼けつくようなアスファルトの道を行きながら、呪うべき熱波を避ける如く、何時も携帯している折りたたみの傘を日傘代わりにして、日陰の中に逃げこむ。が、それも程無く切れて、やがて陽射しにもろに照らされている公園に出る。公衆便所の横に這えている紫陽花は、完全にダレきっていた。が、こんな強烈な陽射しの中にも、公園に生えている雑草たちは、それでも元気いっぱいに葉を広げて頑張っている。

@この公園で滅多に見ない昆虫を発見。飛びっぷりをみて、トンボかな?と思ったが、草の茎に止まる姿が違う。さては葉蜂(草食性の蜂。蜂・蟻族の昆虫の中では原始的なタイプに属する。メスの産卵管が毒針に進化していない蜂)の一種かな、と思って、もっとよく見ようとしたが、ぴゅ~ん、とすばしっこく飛び回るので、なかなか種類がわからない。草の先にぴたっと止まった、と思ったら、また飛び立ってしまう。

@ほどなくもう一度、相手が草の先に止まってしばし動かなくなった。私は前にまわって相手の顔を少しの間だが、よく見ることが出来た。

@それは、虻の一種で、牛などの家畜に止まって血を吸うウシアブなどとは種類が違うものだった。

@如何やらこれは、かつて子供の頃、学研の図鑑でみたことのある、虫をもっぱら捉えて食べる「シオヤアブ」と同じ仲間の「アオメアブ」らしかった。もっとも、“アオメ”というわりには、彼の複眼は赤かった…。



@昼食をすませ、職場の最寄駅から、山手線に乗って上野方面へ。とある駅で降りてそこで私用をすませて、3時頃、また山手線に乗りこむ。今度は池袋・新宿方面を回るほうに乗る。

@大塚駅で降り、都電に乗り換える。160円を財布から出すのに苦心する。やがて路面電車は、鬼子母神前に着く。そこを降り鬼子母神通りを行く。

@何故ここへ来たか、というと、ここに東京音楽大学があり、そこで、太鼓や木琴、鉄琴(グロッケンシュピール)など、鳴り物系の楽器だけでの演奏会をやるというのを1週間前に知ったからである。で、この日、私用が済んだら早速聴きに行こうと思っていた。

@メモしてきた日時を見たら、何と開場は午後5時、開演は5時半だ。私が現地へ来たのは何と1時間半前の3時半。来るのが少々早すぎた!

@…ので、適当に涼む場所を見つけて入ろうとしたが、はてそれらしき喫茶店は発見できず、やっと適当な喫茶店を見つけた、と思えば何と所謂“開店休業”状態…。

@しかたなくなく、涼しい日陰や木陰を選びつつ、日傘代わりの折り畳み傘をさして、目白方面のくねくね入り組んだ路地を、これも携帯している文庫本を読みながら、開場までの時間つぶしをする事になった。ふと見上げた電線には4羽の、親子らしきツバメの群れ。1羽の親ツバメが、巣立ちしたばかりの子ツバメ1羽に虫をあげていた。その姿、実に愛らしく、微笑ましい。

@午後4時頃というのに、ぎらぎらとした陽射しは相変わらず、我が半径50m以内のすべてを熱世界に変えている。水も飲まずに歩いていたので、精神が少しずつ苛々としだし、同時に全身が倦怠的になり始めた。

@おもむろに頭を触ると、頭皮のあたりが烈日の熱波を吸ってか、物凄く熱い。辛抱堪らなくなり、自販機を見つけて缶コーラを買った。一口飲んだら炭酸の爽やかさが全身をくまなく駆け巡り、やっと落ち着きを取り戻せた。


@時計を見たらもう5時近かった。ので、東京音大の演奏会場近くのベンチで休んで、開場まで待った。その間も文庫本から眼は離さなかった。

@やがて開場の時間になり、この日を待ちわびた聴衆が、三々五々、演奏会場に吸いこまれるように入っていく。私もベンチから立ち上がり、聴衆の中に混じって会場に吸い込まれに行った。

@中は涼しくて気持ちがよかった。実に綺麗で現代的なしつらえ。外の喧騒や雑踏とは…まるで別世界である!ステージに向かって、空いている客席にスコンと座ると、とても落ちつけた。

@私は私の中に随分前から居付いている、軟体状の怪物の如く、うずうずと渦巻く一抹の、己のコンプレックスから来ているに相違ない不安を、姿勢をただし、ステージの一点を真っ直ぐに見つめながら、極めて微かに感じていた。以前よりはこの怪物は、自分の中であまり激しく暴れ回らなくなってきたようだ。

@おそらく、前々からよき物、よき人、よきことに触れ続け、この怪物に負けぬ為には如何にせんやと、繰り返し懸命に考え続けてきたことが、大きかったようだ。少しずつではあるが、この怪物の上手な飼いならしかたを、今ごろになってようやく、私は実感的に体得しつつあるようだ。


@と、考えながら文庫本に眼を通しているうちに、会場の明かりが落ち、演奏が始まった。



@まずはラヴェルの“道化師の朝の歌”。3基のマリンバの響きが緩急鮮やかに、硬質な玉のように転がりながら、空間に溢れ、耳に心地よかった。

@Thierry De Mey 作曲 “Musique de Table(卓上の音楽)”。5つのスチール机の上に、学校用のカスタネットが一個ずつ。手だけで机やカスタネットを鳴らすスタイルが斬新だった。奏者は5人だったが、しまいまで呼吸が合っていて実に見事であった。

@Ney Rosauro 作曲 “Mitos Brasileros”。様々な鳴り物たちの響きを聴きながら、この曲が表現しているというブラジルの「もののけ」たちの姿を想像していた。

@伊東 乾作曲“オクトパス・オクトパッセージ”は、料理用のバットなど、台所道具や手拍子もまじった激しい響きが、タコというよりは、私達の住むこの世界の多面性・多様性をイメージさせた。腹に響くほどのバスドラムのドドドン!と、木魚のポコポコポココッ…!が今も頭に残っている。

@“恋人たちのスウィーツ”は伊藤康英作曲。曲を聴きながら、しゃれたパティスリーでスウィーツを口にし乍ら甘い言葉をささやき合う、恋人たちの姿を連想していた。

@プログラムの最後は“南蛮夜曲”、伊佐治 直作曲。アジアの濃厚な匂いに満ちた楽曲で、曲の中に、島崎藤村の「椰子の実」の歌詞が御詠歌のような節にのって流れてきていたのが、深く印象に残っている。

@鳴り物(パーカッション)だけの演奏会には、今回、生まれて初めて行って聴いた。聴いた後、なんだか不思議な気分になって家路をたどった。頭の中でまだ、コロコロと、マリンバの音色やドラムスの力強い響き、木魚のポコポコやグラスパープの有限な響きが、LP盤のように回りつづけている。

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