SSブログ

銀河系・明日の神話(4) [ドラマ・ミニアチュール]

●エリーに迫る危機●


☆緑濃き豊穣の惑星・エリー。銀河系のほぼ中心部に近いところに存在する星団「エルマー・ソラ星系」に属する、生きとしいけるものたちを育む天体。

☆宇宙社会に住む諸人は異口同音にいう、この星は…“銀河の生命の揺籃(ゆりかご)の星”…または“地球の荒廃後、広漠たる天の川銀河に、最後に残された奇跡の命の楽園”と。

☆そのエリーの透き通った紫色の天空に、ある日、地球の空で見る「明けの明星」「宵の明星」のように、極めて明るい光の点が現われた。


☆数日後、その明るい点は初めて空に現われたときよりも、若干大きくなり、それから次第に全容がはっきりと、エリーに住む人々の誰もが目にすることが出来るようになった。

☆それは、一つの最新鋭の宇宙空間航行機であった。


☆その航行機は、星の大半が鬱蒼たる森林に覆われたエリーの中で、例外的にそこだけがカーキ色の砂漠のような乾燥帯になっている、頂上がテーブルのように真っ平らで、砂埃が時折舞い上がる丘陵に、無事に到着した。

☆その鈍い銀色に煌く、航行機のハッチが開いた、と思う間もなく、一人の航行士が丘陵の乾いた地面に向かって降りてきた。非常に華奢な、ほっそりとした体にぴったりフィットした宇宙服を着ていて、おまけに胸に二つの、ささやかな丸い隆起があった。女性である。

☆彼女は重たい航行用のヘルメットを脱いだ。長い黒髪がさーっと言った感じに、砂漠の風に靡いた。航行機からはもう一人、引き締まった筋肉質と思われる体格の、やはり彼女と同じような身体にフィットした宇宙服を着た人物が出てきた。男は女の傍に来ると、彼女が先にそうしたようにヘルメットを脱いだ。日に焼けた東洋人の、凛々しい若い男の顔がそこから現われた。

☆二人は周りを見回して、各々、深い溜め息をついた。そして暫くの間無言でいた。・・・重たい沈黙が続いた後、黒髪の女性が若者のほうを向いて、口を開いた。

 女「真佐雄さん…」

☆女の眼には、深い悲しみの色が浮かんでいた。何処までも深く透き通った、海の底のような褐色の眸は、どんな人間をも惹き付ける、神秘的な魅力があった。そんな女の眸を見ながら、真佐雄と呼ばれた男が口を開いた。

 男「想定していたよりも、砂漠化が進んでいる…」

☆そこから、ふたりの会話が始まった。

 男「…僕等が今立っている所…何処だかわかるだろう?子供の頃、初めてエリーを訪れたとき、ここには植民地があり、豊かな緑があった。今は…今は、それらが跡形もなくなって、見渡す限り砂漠のようになっている」

 女「ええ、あれだけ賑やかで、生き生きとした緑に溢れていたのに、今は…今は、誰も居ない、砂に覆われた世界になってしまったね…」

 男「エリーの温暖化による荒廃が進んでいる事は、大学院の研究所にいる同僚から聞かされていたが、まさかこんなに酷いとは思わなかった…」

 女「…私なんだか、とても、悲しくなってきた…ここも地球と同じ運命を辿っていくなんて、信じられない…」

☆女のその美しい眸から、ほろほろと、珠のように透き通った、熱いものが溢れてきた。女の流すその涙を見た時、真佐雄の脳裏に、これまでの事が走馬灯のようによぎってきた。真佐雄の口から、明らかに人名とわかる、固有名詞が漏れた。

 「乃理子・・・」

☆今彼の眼前で泣いている、流れるような黒髪の、眸の神秘的な女は乃理子という名前で呼ばれた。…そう、前にロロン達一行が惑星ベルベルで出会った地球人・森沢乃理子その人だったのだ。

☆例の「女神ルビィの天罰」事件以来、ベルベルの神殿遺跡調査から離れ、惑星プカスカの大学院へ戻っていた乃理子は、幼い頃からの知り合いで、今は父の跡をついで惑星生物学者になっている岩沢真佐雄とは、子ども時代、惑星エリーで冒険を繰り広げたことがあった。当時小学校5年生だった二人。

☆あの頃は二人とも初恋の胸の甘い疼きを微かながら覚えたばかりであった。乃理子はその頃、小学生にして地球の「惑星TV」の取材記者として活躍し、真佐雄といえば、惑星生物学者であった父の岩沢博士について、惑星エリーの探査に向かう際、初めて彼女と出会った。出会ったばかりの頃、真佐雄は彼女の、褐色の眸に惹かれた。

☆その頃から乃理子の、透き通った海の底のように深く輝く神秘的な眸の色は、今に至るまでいささかも変わらなかった。否、思春期の乙女から大人の女に成長していくにつれ、彼女の眸の色の深さは、いよいよの透明感を伴って深まっていった。

☆真佐雄は乃理子のそんな眸をこよなく愛していた。そして彼女の全てを、この宇宙全体の、如何なる財宝にも換え難い存在として、今や強く意識していた。…こんなに彼女を強く意識するようになった、そもそもの始まりは、中学2年になり、惑星プカスカで再会した頃だろうか。その時乃理子は、子供の頃のあどけなさを残しつつも、既に自分よりもうんと大人びた、謎めいた美少女に成長していた。

☆その時から俺は、この乃理子を“運命の女”(ファム・ファタル)として意識しだしたのかもしれない。尤も当時は、ファム・ファタルなんて洒落た言葉は知らなかったが。…そんな回想が真佐雄の脳裏をよぎっていた。が、そんな回想が浮かんだ事など知覚していないように、彼はこの丘陵地域の荒廃を口にしたのだった。

☆彼等二人が、幼き日に訪れた思い出の地、惑星エリーを20数年ぶりに再訪問したかったのは、今物凄い速度でエリーの大気が温暖化し始め、あれほど豊かだった緑が徐々に失われていっている事に危惧を感じたのと、初めてエリーを訪れたときに出会った種族「トゥープゥートゥー」の子どもと、その親戚である村人たち、そして二人に結婚の印である、それぞれが赤と黒の石で出来た二つの宝珠を呉れた、あのときの村の長老が眠る墓を訪れ、婚約の報告をする為の、二つの理由からだった。

☆二人はそれぞれ、自分達の想像以上にエリーの荒廃が進んでいる事に衝撃を受けていた。両者の顔には深い憂いの色が強く現われていた。今の二人には、自分たちが20数年の星霜を経て、漸く夫婦(めおと)の契りを結べた喜びよりも、目の前に広がる砂漠化した荒野が、あの懐かしい緑濃き、良い人たちがいっぱい居た美しい星だということへの驚きと悲しみの思いのほうが大きかった。…真佐雄は自分と同じように、荒野に眼をやり、悲しみの涙を流している乃理子にこう言った。

 真佐雄「トゥープゥートゥーの村へ行こう。あそこならまだ大丈夫だ。村の人々も元気にしているはずだ。みんなに会えば元気になれるさ。…さぁ、もう泣かないで」
 
 乃理子「ええ…そうね…」

☆真佐雄は乃理子の涙で濡れた睫を、指でそっと優しく拭うと、たくましいかいなを彼女の背中に回して、やや強く締めるように、いとおしそうに抱いた。

☆二人は暫くそのまま強く、互いを慈しむように抱き合いながら激しい接吻をし、肉体を宇宙服の上から愛撫しあいつつ、丘陵に銀色のロケットと一緒に立っていたが、やがて何事もなかったように、またロケットに乗り込み、カーキ色の砂漠と化した丘陵地帯から、凄まじい砂埃を上げて、地平線に垂直に飛び立っていった。

☆ロケットはやがて向きを変えて、地平線と平行して、まだ鬱蒼たる緑の残っている東南東の方面へと向かっていった。あそこにはトゥープゥートゥの棲む村がある。彼等は其処を目指して、風よりも早く飛び立っていった。

(5)に続く・

・この物語はフィクションです。実在の人物・組織とはごく一部を除き、関係ありません。・
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。