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銀河系・明日の神話(15) [ドラマ・ミニアチュール]

●そして、田茂木も・・・●


∴鬱蒼たる湿地帯の森の中で、田茂木茸雄が自分の相棒であり恋人でもあるロロンの死に動転し、かつ慟哭していた丁度その頃、惑星エリーの上空に、ピカッと光る点が現われた。はるばる惑星ソラリスから、田茂木との再開をかねた植物調査のため、エリーを目指していた惑星植物学者・カラルディの乗ったロケットだった。

∴カラルディのロケットは、エリーの大気圏に突入すると、その湿地帯・プルーレに向かって、機体を安定させ、鬱蒼たる密林の続く地上の、遥か上を航行していた。

∴「おかしいなぁ、確か…奴のいるところはこの辺のはずなのだが…」カラルディの乗るロケットの、コックピットに搭載された超高性能脳型コンピュータを内蔵したスペースコンパスが指し示す方角の地点に、田茂木はいるはずだった。このコンパスは、エリーのような地球型惑星の中にいるときは、目的の方角にいる人間の発する体温や生体反応などを正確にキャッチできる特別仕様である。然し今回は、その目的とする場所にいる筈の、人間の生体反応が一向に感じられない。

 「きっと彼はこの地点から別のどこかに移動したに違いない」

∴コンパスを見ながらカラルディはプルーレ上空を探し回ることにした。と思い定めてコックピットのフロント硝子から外の光景を見たとき、遥か前方に煙が立ち昇っていた。鋭敏な頭脳を持つカラルディには、それが何であるか、すぐにピーンと来た。

∴東北の方向に複数の生体反応アリ。コンパスの中のコンピュータが音声でガイド。「わかっているさ」そうつぶやくとカラルディは、ロケットエンジンの出力を最大にして、高速で煙の上がっている方向へと向かっていった。


∴やがて、煙が上がっていた問題の現場に、カラルディのロケットは着いた。ハッチが開いて、細身の肉体にフィットした銀色の宇宙服を来た人物が降りてきた。ヘルメットを取ると、派手な赤毛のハンサム男の顔が現われた。そんな彼の2つの眼に入ったものは、迷彩服を着た3人の男女と、エリーの先住民といわれる、毛むくじゃらの種族らしき生き物がいた。

∴そして彼等の向こうにいるのは、カラルディの親友だった、プカスカ人と地球人の混血である惑星昆虫学者の、あまりにも変わり果てた姿だった・・・。

∴「田、田茂木・・・」カラルディは田茂木の名を口にしたきり、言葉を掛けられなくなった。


∴白い球体を手にした田茂木茸雄は、もうカラルディや4人の若者の知っている、あの磊落で勇敢で、頭脳鋭敏な惑星昆虫学者ではなく、焦点の定まらない視線をジャングルのあちこちに投げかける、精神に完全に破綻を来たした哀れな男に過ぎなかった。そんな男を見つめて、カラルディを含めた5人はただ悄然とするしかなかった。

∴ロロン…やっと地球に着いたんだよ…還ってこれたんだよ…フフフフ…昔ながらの緑の地球に!…ハハハ…ハハハハハ…。田茂木の破綻した精神は、嘗ての緑豊かな地球に戻った自分とロロンの姿を幻視しているようであった。


∴「茸雄さん…茸雄さん…フフフ…」
「ハハハ…ハハハハ…」 
 若い頃から英才の誉れ高かった田茂木の頭脳は、今やロロン破壊のショックで、すべての回路が完全にいかれきってしまったようだ。今5人の目の前にいる彼は、言葉を発する白い球体をもてあそびながら、えへらえへら笑いながら、その場をただくるくる回るだけの完全なる狂人でしかなかった。

∴「何故」カラルディは5人に聞いた。「何故…彼はこうなったんだ?」彼の問いに、後ろにいた男が答えた。ジークフリートだった。彼は両目に一杯涙を溜めながら、いった。

 「3人の悪い奴に攫われた女形ヒューマノイドのロロンを探しに行くって言って…GPSが自動的に反応したので行って見たら、こんなことになってて・・・ロロンは破壊されたらしくて、そのショックであんなになったんだ…」

∴ふとカラルディはジャングルの天辺あたりを見上げた。如何やら落雷があったようで、樹冠のあたりの木の枝や葉が激しくこげている個所があった。表面が引き裂かれている木もあった。そこから視線を徐々に下に移すと、其処の地面が人の形のよう黒焦げになっていた。黒焦げの部分には、人骨と思しい骨のかけらに混じって、何故か電子機器の破壊された断片と思われるものが複数個、転がっていた。

∴生身の人が落雷で焼け死ぬとき、かなりの数の、電子機器の断片がそのあとに転がるだろうか。やはりこれは、田茂木の大切な相棒のロロンの…。ロロンは田茂木と再会する直前、まさに彼の目の前で、落雷によって完全に破壊されてしまったに違いない。カラルディはそう考えた。


∴カラルディと、岩沢真佐雄、森沢乃理子、ジークフリート、プルプルの4人は、人型の焦げ跡からロロンの断片を拾い集めた。一箇所に集められたロロンのかけらたちは、エリー先住民の子・プルプルの、大きな両手で充分に抱えられるほどに、小さいものだった。プルプルが言った。彼も眼に一杯涙を溜め込んでいた。

 「これだけになっちゃったんだな…」彼の両手の一抱えには、僅かなる金属質の骨の断片と、焼け焦げた夥しい電子回路のかけら、そして、これも僅かな肉片や皮膚の切れ端だけだった。プルプルはその断片の寄せ集めに、ぽたぽた、と湯玉のように大きな粒の涙を、幾つも落としていた。彼の背中が小刻みに震えている。プルプルは悲しみを堪えきれずに背中を震わせて、泣いていた。

∴落雷は、恐らくロロンを丸ごと吹っ飛ばすほど大きなものだったろう。その破壊力で、彼女は木っ端微塵に破壊された。ので、これだけの残骸しか残らなかったのだ。それを見つめている若者たちから、すすり泣く声が漏れてきたのを、カラルディは聞き逃さなかった。

∴「彼女を収める箱はありますか」真佐雄が目に一杯涙を溜めて尋ねた。

 「箱か。箱なら、今もって来る」

∴ロケットの中に戻った彼は、ゴソゴソとなにやらやっていたが、やがて透明なアクリルの蓋つき箱を見つけると、それをもってきた。それはソラリスを出発する際に、彼が持ってきたお菓子の空き箱だということは、カラルディは言わなかった。

∴やがて、プルプルが残骸の一抱えを、その箱に静かに優しく入れた。
 
 「ロロン…安らかに眠ってね…」

∴悲しみのメロディ言葉を彼は歌い始めた。トゥープゥートゥ族が死者を送るときに唄う、伝統の葬送歌曲である。
 
 「優しき花は今は散りぬ…花の魂は今ぞ星空へと旅立ちぬ…星座は花の美しきを称え、満面の歓喜を以って汝を迎えるなり…」


∴カラルディはその美しくも、深い哀調の溢れる歌に、涙しつつも、惚れ惚れとして聞いていた。


∴一方、田茂木はそんな彼等の悲しみを意に介さないかのように、幻視の中にロロンと共にいた。「さあ、行こう、ロロン。地球の果てまで美しい蝶を探しに!」そう言うと、意を決したように立ち上がる。

∴「茸雄さん…フフフ…茸雄さん…」としか最早言わない、人工意識の白い球体だけになったロロンを手にしながら、田茂木は気が狂っているのがまるで嘘であるかのような、颯爽とした足取りで歩き出し、森の奥深くヘ向かっていった。

∴ふと真佐雄が後ろを振り向いた。が、其処に田茂木の姿はなかった。
 
 「田茂木さん!」
 
∴他の4人もこの異変に気付いた。そのときは、田茂木の姿は森の奥のほうに消えかかっていた。カラルディが叫んだ。「おーい!戻ってこぉーい!」

∴・・・だが、もうその声は、田茂木茸雄には、届かない。カラルディを始め、岩沢真佐雄、森沢乃理子、プルプル、ジークフリートの5人は、必死の形相で彼を追跡し始めた。鬱蒼と茂って、ゆく手を邪魔する草むらに苦戦しながら、それらを掻き分け掻き分け、彼らは懸命になって田茂木の跡を追った。

∴…田茂木茸雄は、今や、狂気の中で完全に、明朗な心境の中にあった。彼の崩壊した脳回路は、惑星エリーの中にあるこの湿地帯の現実を最早映し出そうとはしていなかった。彼の眼には、其処は最早、昔なつかしの緑溢れる地球の森として、映っていた。

∴彼の傍らには、ロロンが昔のままの変わらぬ姿で、一緒に歩いていた。田茂木に向かって微笑を向け、彼の腕に寄り添いながら、昆虫採集の道具を手に、彼と一緒にいた。無論このロロンは彼の狂気に支配された意識の中で、映し出された幻視の中の影像にしか過ぎない。本当の彼女は、落雷と共に木っ端微塵に破壊され、今やプルプルの手で抱えられただけの、原形をとどめぬ残骸の集まりと化していたのだから。

∴田茂木はロロンの幻影の中にいたまま、どんどん森の奥へと入っていった。5人も彼が持っているGPSの発信信号を頼りに、彼の跡を追いつづけていたが、突如、そのGPSが急に、信号を送らなくなった。

∴「まさか!」5人の表情に暗い影が走った。彼らそれぞれの脳裏に、田茂木が遂に命を落としたのではないかという、出来得るならば受け入れたくない予感がよぎった。早く助け出さないと!5人は歩みを急いだ。

∴必死に鬱蒼たる草むらを掻き分けて、漸く田茂木にたどり着いた、と思った刹那、
 
 「あっ!」

∴みなの目の前で田茂木の姿が、ふっ!と消えてしまった。田茂木の消えた地点へ皆が急いで近づくと、其処には、直径が1mほどの円く開いた大穴があり、しゃわしゃわとうたう水のせせらぎが聞こえていた。

∴そのせせらぎを目当てに、彼らは諦めず、必死に田茂木の後を追いかけた。数km追ったときであろうか、彼らは、如何やら、彼等にとってここ最近見覚えのある、水の満々と湛えられた場所にたどり着いていた。

 「田牟礼湖じゃないか!」カラルディが叫んだ。
 「あの穴の底に流れていた清流は、ここ田牟礼湖と繋がっていたんだ」
 「すると、田茂木さんは、まさか・・・」乃理子が不安そうな顔でカラルディに尋ねた。
 「そのまさか、だ」カラルディは悲しみを秘めた眼をして彼女に応えた。

∴彼らは、遂に田茂木茸雄が命を落としてしまったことを、完全に確信せざるを得なかった。透き通った湖水が身の上の、田牟礼湖の水深は深く、また、彼が落ちたせせらぎは聞いた音から判断すると、流れがとても早そうだったからだ。

∴「あんなに流れが急じゃあ、落ちたら助からないよね・・・」プルプルがもう手の施しようがないよ、といった哀しそうな調子でつぶやくようにいった。彼の手には、透明な緑色のアクリル箱に入ったロロンの残骸がまだあった。
 「田茂木君は、湖の底の人になったんだ、ロロンと共に…さあ、2人の冥福を祈ろう…」今度はカラルディが沈痛きわまる面持ちで言った。

∴5人は田牟礼湖のほとりに悲しみを抱えてたたずんだまま、暫くその場を離れなかった、否、離れられなかったのだ。


∴同じ日の真夜中の事であった。田牟礼湖の湖底に沈んだ田茂木の遺骸は、巨大なアノマロカリス・エリーイやその他の腐肉を好む肉食魚等の餌食になっていた。つい数時間前まで、人の姿をとどめていた肉の塊は、ものの3分で見事に骨だけとなってしまった。

∴田茂木茸雄が、田牟礼湖の湖底で骨になった事を露知らぬカラルディら5人は、この田牟礼湖の砂浜の近くに寝泊りしていた。…数時間後、朝日が厳かに昇り始め、田牟礼湖の湖畔にもその光が差し込んできた。

∴それから数日経った。爽やかに鳴く朝の小鳥たちの声を聞いて、プルプルが毛むくじゃらの顔を洗う為に浜へと向かった、そのときだった。  

 「うわーっ!」

∴突然、プルプルが叫び声を揚げると、他の4人も、一斉にそっちへ向かった。見ると、プルプルが、砂浜で震えて蹲っているではないか。

 「如何した?! プルプル!」
 「あ・・・あれをみて・・・」

∴4人はプルプルが指を指す方向を見た。 「きゃあああー!!」乃理子が金きり声をあげた。

∴…他の3人も凍りついたように慄然となった。浜に視線を向けると、そこには真っ白になった頭蓋骨が打ち上げられていた。
 これは…田茂木茸雄のものに違いない。 5人は、そう思った。しかし、ロロンの人工意識の白い球体は、そこにはなかった。


・(16)=最終章に続く・この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
(2011/02/12 加筆修正)

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