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銀河系・明日の神話(16):最終章 [ドラマ・ミニアチュール]

●銀河へ還る者たち、そしてエリーよ永遠に●(決定稿)


@田牟礼湖の砂浜。ベージュを帯びた淡い砂色の浜に転がる、肉のない、しっとりと濡れた、象牙色の白く丸く、硬い物体。プルプルは全身にガクガクと震えを覚えながら、そおっと、その丸いものへ近づいていった。

@やっとの思いで、白いものの傍に来ると、プルプルはその大きな両方の手のひらを、ワナワナと戦慄しながら広げ、ゆっくりとその白いものを拾い上げた刹那、彼の大きなビーダマのような2つの眼が潤み始め、湯玉の如き涙粒がホロホロと溢れ出しては、ポト、ポト、と音を立てて彼の足元の地面に落ちた。彼は声をあげて、泣いた。

 「うぃーん、うぃーん・・・」

@プルプルはそのしゃれこうべを、毛むくじゃらの厚い逞しい胸に優しく抱えながら、止め処もなく溢れる涙を拭うことなく、人目もはばからずに泣きじゃくるのだった。「田茂木さんが…しゃれこうべになって、もどってきたんだよぉぉ…」

☆彼が泣くのを聞いて駆けつけた他の4人も、彼の傍に寄ってきた。真佐雄と乃理子は、プルプルの大きな身体に寄り添い、共に涙していた。カラルディは、胸に湧き上がる悲哀を必死に堪え、両の拳を固く握り締めていた。その拳は小刻みに震えていた。

@ジークフリートは、といえば、命の恩人と、少しだけの間、ささやかな愛を捧げた相手を一度に失い、ただ呆然となっていた。

 「オレはこれから如何すればいいんだ…。おまけに、片方の珠は、まだ見つかっていないじゃないか…。折角、…折角…百合子さんのことをようやくハッキリと思い出したのに…。ロロン…君を失い、田茂木さんまで今やこの世にいなくなってしまった。必ずいっしょにこの珠の、片割れをあの悪しき三人組から取り返すって俺は決めていたのに…。

@そのときだった。突如、ジークフリートの懐がぽわぁっ、と淡い青に光った。「おお…!ひょっとしたら、あの三人組に奪われた珠が呼んでいるに違いない」、彼は田茂木と思しい頭蓋骨を囲んで悲しみに暮れる残りの4人を一瞥するや、いきなり、だだっ!と、森の向こうへロケットダッシュで駆け出した。

 「あっ、ジークフリート!」

@「何処へ行く!」…彼の異変に気付いたカラルディが呼び止めるも、その声は彼、ジークフリートの耳にはもう、入らなかった。彼は緑濃き密林の向こうに姿を消した。

@ジークフリートの懐の光は、どんどんその輝度を増していくように思えた。彼は走った。
 「白と黒の珠の、三人組に奪われた、片割れが、オレを呼んでいる…!」 彼は心の中でそう必死に叫びつつ、走りに走った。

@やがて、彼は森の奥まったほうに入った。懐の青白い光が、一層明るく輝いていた。ジークフリートは地面を見やった。すると、人間のと思しき腐乱しきった死体がみっつころがっていた。一部白骨化しているものもあった。観ると、赤毛のモヒカンの頭をした人間の死体から、光が発せられた。

 「ううっ…」

@ジークフリートは、死人たちからむわむわとこみ上げる腐敗的臭気を堪え、その光るものを拾い、自分の持っている青白く光る珠とあわせた。瞬間、パアアッ!と目もくらむ光が発せられたと思うと、その光の向こうに、人影らしきものが現われた。

 「誰?」

@見たところそれは、女性の姿をしていた。彼女は語りかけた。「ジークフリート…」 その声を聴いたジークフリートの驚きやいかばかりか。

@彼の震える唇の間から、言葉が漏れた。「…百合子さん…!」


@ジークフリートを除く4人は、田牟礼湖の砂洲の上で、この上もなく深い悲しみに呉れていた。ロロンの残骸を入れた緑色の透明アクリル箱と、田茂木の頭蓋骨とを並べて、その周りを4人で円く取り囲んで、ささやかな葬儀を行なっていた。

@小1時間後、プルプルが立ち上がり、死者を弔う歌を歌いながら、長く太い腕を天空に掲げて、右へ左へ舞うように振った。死者を天空へと贈る儀式だという。他の3人はその歌に静かに耳を傾けていた。真佐雄と乃理子には、彼の歌う深い悲しみに溢れたメロディが、密林の隅々にまで流れていくように、思えたのだった。


@悲しみの一日が暮れ、夜になった。何故かジークフリートが帰ってこない。流石に4人は心配になり、彼を探し始めた。懐中電灯とコンピュータコンパス、そしてプルプルの道案内を頼りに、自分たちの元をいきなり飛び出したまま戻ってこない彼を必死になって探していた。

 「全く!何て奴だ」プルプルが吐き捨てるような口調で言った。
 「みんなが悲しみに暮れているときに、いきなり何処かへ鉄砲玉のように飛び出していくなんて」
 「でも…彼には彼なりに、そうしなくちゃならない理由があったんじゃないか」真佐雄がなだめるように言う。
 「理由は如何あれ、このプルーレの森は危険がいっぱいなのに!」
 「そうむくれるなプルプル。まずは彼を早く見つけ出す事が先じゃないか。頼りにしているからな」今度はカラルディが言った。
 「うん・・・」
 「君の道案内が、この神秘の惑星を行くには一番頼りになるんだ。こんな機械なんかよりはね」と真佐雄が右手に持った、平べったい円形をしたコンピュータコンパスを眺めながら言った、その刹那であった。
 「真佐雄さん!プルプル!カラルディさん!」乃理子が向こうを指差して大きな声をあげた。彼女が指差す先を3人がいっせいに目を向けた。途端に彼等は言う言葉を失った。


 「!」

@陰鬱たるくらいプルーレの森の中で、そこだけは別世界のように、眩かった。

@そこには三人の人間の腐乱しかかった死体の前で、眩く光り輝く2つの球を手にして、滂沱の涙を流しているジークフリートの姿があった。

 「百合子さんが呼んでいます…」
 
@彼は皆のほうへとゆっくり振り向くと、こう言った。


@「呼んでいる…って?!」 3人の顔に怪訝な色が浮かんだ。カラルディが言った。

 「とにかく、続きは後で聞こう、ジークフリート」

@4人は、光る球を抱えているジークフリートと共に、死体の転がっている現場を離れ、元のキャンプ地点へと戻った。


@キャンプ地点にて。ジークフリートの周りを囲む4人の姿。
 「…百合子さんは、まだ生きています、地球で…。この2つの球が、合わさったとき、百合子さんの、姿が、光と共に現われ、生きている事を、教えて、くれたのです…」

@プツプツと途切れ途切れに語るジークフリート。しかしその顔はこれまでに見たことがないほどの喜悦に満ちていた。皆は、未だ光を放つ2つの球が自分たちの後ろに投げかける光を見た。何と其処には、東洋人と思しき美女の姿が浮かんでいた。

 「おお・・・!」

@その神々しさすら漂う姿に、4人は溜め息をつくのであった。

@翌日、彼等5人はカラルディの運転する航行機に乗り、プルプルの案内でトゥープゥートゥー村に向かった。

@航行機が村の上空にやってくると、真佐雄と乃理子が久々にこの村に来た時と同じく、村人たちがいっせいに飛び出してきた。航行機が村の広場にゆっくりと着陸し、中のハッチが開くと、4人の男女と毛むくじゃらの大男が降りてきた。村人はわーっと群がり、「こんにちは!こんにちは!」と口々に言いながら、歓迎のくすぐりをみんなでしだした。

@「わははははは…」真佐雄と乃理子、プルプル、ジークフリート、そしてカラルディは、あまりにもこそばい村人の愉快な歓迎振りに原がよじれるくらいおおいに笑った。木の上に設えられている、例の村の集会場に、彼等は通され、温かい歓迎の宴を受けたのだった。プルプルは久しぶりに父母兄弟と再会し、彼等に喜びのメロディ言葉を唄って聞かせていた。父母兄弟も一緒に再会のヨロコビを歌にしていた。

@一夜明けて、彼等3人は、長老の案内で、村のすぐ近くにある、ルスターと呼ばれる白い大理石で出来た古代神殿に趣いた。

@この白い神殿は古代プカスカの美と神秘の女神・アメルを祀る神殿であった。真佐雄と乃理子、プルプルにとっては幼い日の冒険の思い出が一杯の場所でもあった。大理石で設えられた広場を抜け、一行は神殿の内部に入っていった。プルプルは、白い帆布にくるまれた2つの箱を抱えていた。

@やがて、神殿の中で一番神聖な空間である「星座鏡」の部屋に、一行は入って行った。神殿の神務官2人がうやうやしく出迎え、2つの包みを受け取り、静かに星座鏡の上に置いた。

@夜になった。天空の輝ける星座が鏡の上に映し出されるや、その空間がすべて輝ける星座の群生に包まれていくように見えた。神官が死者を弔うべく、深い祈りを捧げている。2つの白い包みは、それぞれロロンの残骸の入った箱と、田茂木の頭蓋骨を納めた箱であった…。一行は項垂れ、ホロホロと熱い涙を流しながら、静かに彼等の冥福を祈っていた…。

@非業の死を遂げた2人の魂は、宇宙の中で清らかになり、宇宙の律動の中に溶け込んでいく…。そのようなイメージが浮かんできそうな儀式は、神官の唄う美しい弔歌をもって、終わりを告げた。


@ロロン、田茂木茸雄・・・この2人の歩んできた人生とは、いったい何だったのか。彼等は真っ当に生きたいとそれぞれの立場で願いながら、何れも幸せ薄いまま、一生を終えてしまった。

@惑星ピンダロスにある、とある町の、大人の玩具屋に置いてあった、大きなカプセルに入った、いわば人形だったロロン。ドド・アスベンの手で封印を解かれて、地球に飛ばされて、田茂木と出会い、恋に落ち、愛し合った。彼等は生涯に亙って連れ添い、人生をまっとうするつもりだったのだろう。ロケットに乗ってここエリーに向かい、モルディカヤという緑色の宝石のような蝶を探しに行くはずだった彼等。

@それが悪魔のような考えをもつものたちによって、モルディカヤを探す計画も潰え、ロロンは発動させてはならない秘密モードを発動させて、悪魔の3人を殺し、最後に田茂木の前で落雷を受け、その一生をあっけなく終えたのだった。そして田茂木も彼女を追うようにここ、エリーで死んだ。

@ただひとり、田茂木の後輩だった最上百合子に会うジークフリートだけが生き残った。彼は、あの悪魔の3人の手に渡っていた、不思議な球の一つを取り戻し、百合子の消息を知ることが出来た。

@5人は、彼等の人生の軌跡に思いをはせながら、キラキラと煌く星座の世界の中に、何時までも静かにたたずんでいた。



・・・・三年後・・・・

@真佐雄は、あれから乃理子とともに、惑星エリーを離れ、乃理子の留学先でもあり、田茂木の父の故郷である惑星プカスカで、新しい人生をスタートさせていた。彼等の間には二人の可愛い子ども…双子の兄弟が出来、幸せ一杯で充実した生活をしていた。無論、2人とも各々、惑星生物学者、惑星考古学者である故に、研究生活との両立は大変だったが、今はトテモ充実している。プルプルは村の名士となり、村の発展と破壊されたエリーの自然の復興に、移住してきた学者等と一緒に取り組んでいるという。

@なに?ジークフリートは如何したか、って? 彼はあれから無事に地球に帰ることが出来、植物人間になっていた百合子と再会し、あの2つの球を彼女に贈り物として捧げ、彼女が息を引き取る日まで、介護を以って献身的に、愛を捧げ続けた。

@彼女が死ぬ前日、突然に意識を取り戻し、ジークフリートを欣喜させた。彼女は今日だけでよいから、床を共にしてくれとせがんだ。
 「・・・、そ、そんな・・・」
 「お願い・・・」
 ジークフリートは突然のことでどぎまぎしたが、愛する者の願いゆえ、聞き入れることにした。

@夜になり、彼女の横たわる床に入ると、肋骨が浮き上がるほど、すっかりやせ細った彼女のかいなが、彼の堂々たる裸体を抱きかかえるようにして、ゆっくりと伸びてきた。百合子は、その命がいよいよ消えんとするときに、最後の、ありたけの情熱を振り絞って、彼を抱きしめようとしている。

@女の細い指先が男の逞しい背中に触れると、男の全身は歓喜に震えた。男は女の命をかけた愛と情熱に応え、彼女をその逞しきかいなでしっかと抱擁した。彼らは互いに全身をなであいながら、何もかも忘れたように、紅蓮の火と燃える情欲界に入っていった。

@それからは…彼らは互いに肌を合わせる歓喜に震え、心行くまで酔い痴れながら、互いの絆を固める為の神聖な行為に入っていった。

@百合子の両足をジークフリートが恐る恐る開くと、そこには瑞々しい淡紅色の花が、ねっとりとした透明な液膜をまとって、とくんとくんと脈を打ちながら美しく咲いていた。

@そのとき、彼女のか細い手が伸び、彼のものを持ち、花の中に入れようとした。果たして、ジークフリートのそれは、花の中に深々と入っていった。

@彼はふぅふぅと荒い息をし、腰を前後に揺らしながら、さらに深くそれを差し込んでいった。花の中は、死に趣く人のものとは思えないほど、燃えるように熱かった。百合子の花は彼のそれを強く締め上げた。2人は快楽とも苦悶ともつかぬ顔で、この神聖な行為に没頭していった・・・。

@夜明けを迎え、ジークフリートが目を覚ますJと、百合子は自分に抱かれたまま、これまでに見たこともないほど、安らかな顔で亡くなっていた。

@床に差し込む朝の光の中で、彼はまだぬくもりの残る、彼女の亡骸を何時までも抱きしめていた。彼は彼女の美しい死に顔を見つめながら、自分と百合子の絆が永遠になったことを感じ、同時に最早、彼女を失ったという厳粛なる事実に感情の堰が切れ、はらはらと熱い涙を流していた。

@それからの彼は、荼毘に付され、遺骨となった彼女と共に、地球中をさ迷い歩き、最後には、遠くブエノスアイレスの、昔ながらの裏町で、ボロを纏って、白い骨壷を抱えながら、所願満足の顔で、半ば朽ち果ててしまっていた。皮膚はからからに干からびてミイラ化し、所々が破けて、骨と機械が覗いていた…。それは、田茂木とロロンの2人に惑星ソラリスの海から助け出されてから、ちょうど3年後のことだった。


@さて・・・真佐雄と乃理子には、今でも時折、思い出すことがある。子供の頃以来、久々に訪れた惑星エリーで起こった、数々のできことである。もう3年も前になるのに、ついこの間のように思い出される。そのたびに、2人はかの星で非業の死を遂げたヒューマノイドと、彼女の伴侶だった昆虫学者の、魂の平安を願うのであった。


・ENDE/完・この物語はすべてフィクションです。(2011・06・19改訂/2011・07・10再改訂)
タグ:SF物語
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