SSブログ

呱々の声を上げるとき [詩的散文]

@呱々の声を上げる時…それは、母の胎内から、卵の中から、新しい、ピッカピカの生命体が生まれ出でる時!

@その時、それぞれ、みんなちがった音、ちがった響きで、声をあげるんだ。

@ぴぴぴぴ!ぐぅあ~!きゃあ~!の~!ほむげあ~!

@中には声を上げずに生まれてくるものもいる。ムシや魚、などがそうだ。植物も、種から芽が出るときは、音を出さないものが多い。

@でも、彼等の誕生の瞬間も、実は音なき響きに満ちている。

@海の蛸の子も、フサフサした卵の集まりから、のろりと生まれ、その瞬間は何と新鮮な気持ちになることか!

 

@蝶や蛾は2度、誕生を経験する。1度目は卵からの孵化、蛹からの羽化が2度目。カブトムシも、スカラベも、天道虫も、ゾウムシも蟻も、蜂も、蝿や蚊も。みんな、誕生を2度繰り返す。

@蝉、カマキリ、カメムシ、バッタやキリギリス、コオロギ、ゴキブリなどは1度きりだけれどね。

@孵化の瞬間も、羽化のときも、ムシの誕生には、常に音のなき、祝祭のファンファーレが鳴り響いている。

@満月の春の夜、南の静かな海では、みどりの珊瑚たちが、桃色の命の詰まったカプセルを、大海に向かって放出する。そこにも祝祭の無音の歌が、コダマしている。

@珊瑚の誕生の歌はドラマティック。いきなり生まれて、魚に食べられる。弱肉強食の掟の歌も共に響いている。

@宇宙の星の誕生も、音なき無数の響きに溢れている。壊れて死んだ星の亡骸から、新しい星がキラキラと光りつつ生まれて来る。その様、まさに壮大なシンフォニイ。

@宇宙そのものはビッグバンか、それとも何か他の理由で生まれてきたのか?宇宙に問うても、答えてはくれまいなぁ。

(2008/04/27)

 

 


春霞 [詩的散文]

@春の日は移り行く。美しく咲き誇っていた、桜の薄い花びらが、南から吹く暖かな風になぶられ、ひらひら、はらはらと散って流れていく…。

@若々しい緑を輝かせ、勢いよく伸び行く雑草たち。その中からひゅるんと細長い花茎を伸ばして、最近よく見かける朱色の小さなポピーの花がもう、咲いていた。薄いたて皺の入った、儚い朱色の花びらは、たった一日ほどで、地面に落ちて、土に返る。

@朽ちた板きれの下をめくって見たら、蟻と一緒にハサミムシが現れた。住処をめくられて驚いた彼は、ひっくり返ってバタバタしていた。

@瑞々しい緑がさえる叢に黄色がいくつも。カタバミの一種の花。太陽の光を浴びると、細長く伸びた茎の先に着いている、優しい5弁の花が開くのだ。

@夜は桜吹雪の下で、世代、職業の違うもの同士、三々五々と集まって、桜見るのも今宵限りと、茣蓙やブルーシートをべらんと広げ、酒を持ち込み、唄を歌い、拙い踊りを躍って、やぁ!今宵は無礼講じゃ。みんな、飲めやぁ、歌えやぁ、踊れやぁ、やんや、やんや…。

@夜が明けて、宴の後をば見てみれば…。茣蓙やブルーシートはそのまんま、回りに花見弁当の食べ残しやビール缶が転がりまくっている。みんなこれらを片付けずに、自分だけで家路に向かいおったか。食べ残しに土鳩や鴉が三々五々と群がり、今度は自分達で花の宴を始めたようだ。

@彼等の頭上に、風に吹かれて桜吹雪、はらはらと、儚く降り始めている。

@空をば見れば春霞。風に流される桜の花びら。陽気はいよいよヌクヌクと、全てが新たに生まれ、また新に死んでいく。

(2008/04/03)


3333. [詩的散文]

@春爛漫の花の宴というのに、ものは値上がりするは、悲惨な事件は必ず何処かで勃発するは…。

@カオシックに成り果てたこの世界。東端のちっこい島国の人々は、未来への不安に心底蝕まれ、すっかり怯えきって、手足を引っ込めたまま、ダンゴのように丸まっている。

@そのうち、身体の上にたくさんの節が出来、手足は何時か、むかでのように増えて、二本の触角がちょこなんと生え、地面を這いつくばるあの「ダンゴムシ」になっていくのだろう。

@星を見上げることもせず、ただ土の上をごわごわ這いつくばるだけの、哀しいダンゴムシ。言葉を外に発しても、誰にも通じない。

@外の人間には、ただ、ヘンテコな音に聞こえるだけ。…しかし、よく聴くと、よい響きの音が混じって聞こえている。

@花…鳥…雪…桜…梅…鶯…雲雀…鈴虫…。もののあはれ…。ダンゴムシの話す言葉の端々に、たからのようなうたが、入っていた。

@だから、外の人間たちは、ダンゴムシたちの鳴き声を、言語として認知できるのだ。

(2008/04/02)


春の青空は爽やかに。 [詩的散文]

☆今日はスッキリ晴れて、お天道様も明るく輝き、地上に暖かな光を降らせている。

☆そんな光の慈雨を浴びながら、桜の枝先の、蕾がついに開いた。

☆路地の雑草の緑はますます生き生きと冴え、丈はのびのびと高くなりゆく。

☆見知らぬ鳥があらわれて、桜の花にとまって歌う。

☆嗚呼、今ぞ命息吹く、我等の春来たり…!と。


靄っぽい花曇りの朝は [詩的散文]

☆なんとなくまどろんでいたくなるものさ。

☆道をブラブラ歩けば、路地の青草もますます青さを増して伸び行く。

☆空を見れば、雀とヒヨドリとメジロたちがそれぞれの歌を歌い始める。

☆何時か見た黒い丸い翼を上下しながら、愛を歌う吟遊詩人のような鳥。

☆春は伸び行く、相手を恋う、ぬくさに満ちた、そんなときだ。


雪と黄砂 [詩的散文]

@北国はまだまだ雪深いシーズンだが、ここ東京以南は花粉のピークと共に大陸から黄砂が、風に乗って流れてくる。花粉と黄砂が舞い飛び始めたら、それは春の女神がやって来た合図。
 
 
@公園の染井吉野の蕾はまだ固い。然しよく見ると、心なしかだが、膨らんでいるように見うけられる。
 
@艶めいた深緑の固い葉っぱを茂らせて、椿がすっくと地面に立っている。茂れる葉っぱのあいまから、甘い紅の五弁花が、蜜の薫りを放って、甘いもの好きのメジロやヒヨドリを惹きつける。
 
@乾いた地面にへばりついている雑草のロゼットも、女神を歓迎するべく、少しずつ、そのこうべを上げつつある。
 
 
 
@道行く人々は、未だに肌寒いのか、コートをまだ着込んで、せかせかと蟻のように早足で歩いている。
 
 
 
@家の裏庭の土を穿(ほじく)り返したら、赤くて太い紐のような蚯蚓(ミミズ)が、にょろりと出て来た。
 
 
@こわい土竜の攻撃を逃れて、地表近くにやってきていたのだろうか。
 
 
 
@北では白い雪が降り、それより南では黄色い杉花粉と黄砂が舞い上がる、春の序章。

ネオンサインとLEDの光 [詩的散文]

@夜の帳がヴェールのように下ろされると、華やかな虹色の無数の光、光、また光。合間に街路樹や街路灯が点のような星のような光を放っている。

@人はじゃらけた宝石とふっくらした毛皮、高い銘柄のバッグを手にし、上辺だけを飾りたてて町に出る。

@超・近代を象徴する、硝子と鉄骨とその他もろもろで出来た、最新鋭のビル、びる、ビル。…えぇ、どいつもこいつも、見上げるほどに高い奴ばかり、まるで四角い水晶で出来た、何とも冷たい、血も良心もなき怪物だ。

@その綺麗な心の姿が見えるかのように澄んだ瞳(め)をした人が、まるで海の底でウミユリが呟くように、腹の底から、深く大きく、溜息をついている…四角い、冷たい、でか過ぎる…!バケモノどもの姿を見つめて。

@夜はますますその漆黒さを増していく。ネオンサインの人工の煌き、LEDの星が瞬いている。

(2008/02/16)

 

 

 


渦巻く思い。 [詩的散文]

@外の世界も、人間の内側の世界も、まるで混沌、曖昧模糊としている。

@一見透明に見える外界の空気の中に、泥卦て渦巻くあまたの人間の煩悩が見えるような気がしている。

@愛も憎悪も、毀誉褒貶も、ルサンティマンも、歓喜も悲嘆も、善も悪も…渦を描いてどろりと蠢くマァブル模様。

@そんな煩悩雑念に満ちた次元に生きる、我等ホモサピエンス…。

@すうはあと息をし、友と語り合い、ある時は望み、ある時は諦め、何かを作り、何かを信じ、物を食べ、異性と出会い、結ばれ、子孫を残し、老い、一生を終え、やがて風化し、無にとけこむ。

 

@生まれて、成長し、他の様々な何かと関わる中で、人はそれらと如何付き合っていけば、うまくいくかを覚えていく。

@しかしいっぽう、心の中は、常に煩悩煩悶が、どろりと渦巻き続けている。

 

@我等が死ねば、あとは如何なる?…ある人は極楽浄土に行くといい、またある人は宇宙微塵に融けこんで、しかるときに何処かの星にうまれてくるという。けれどいずれも仮説に過ぎぬ。

@唯、確実なのは…どんな生き物も、時が来れば必ず死ぬ、ということだ。…死ぬまでに、何をして、何と向き合い、何と闘うべきか?

@…やはり、おのれの内面の泥けた煩悩と向き合い、時には、闘うことに尽きるという気がしてならぬ。

@煩悩と悟りは二つで一つ。向き合い、闘い、耕せば、やがてそこから蓮華の如き、悟りの花が咲くだろう。

(2008/02/10)


眠り [詩的散文]

@仕事を終え、疲れ果て、布団にもぐりこむ。

@すると、身体から力と意識が、すやらぁ…と抜け、忽ち夢の次元へ入っていける。

@眠りは様々な異次元世界へと、しばし旅立つ為の近道。

@そして、一番確実な3次元への生還の道。

@目覚めた時には、すでに、戻ってきている。 (2008/02/09)


秋風さらに冷涼にして・・・。 [詩的散文]

*秋風さらに冷涼にして、街路樹の木々も少しずつ色付けり。

*我一人、町をそぞろ歩きて、物思いにふけりぬ。

*清らかな言葉、痛みを知る者の言葉は、人の心を善き情に震わせ、浄化せる作用あり。

*汚れたる言葉、痛みを知らざる者の言葉は、人の心に汚泥を塗り付け、醜くする作用あり。

*然るに、ちまたに数多く流布するは、痛みを知らぬ者の暗渠の如き心より生まれる言葉ばかりなり。

*痛みを知る者の美しき心より生まれたる言葉は、ちまたに流るること、きわめて少なし。

*我は心に数多の痛みを抱えたる者の一人として、うわべのみならず人の魂を善きもので満たす、美しき言葉を紡げる者の一人となりたし。

*これより時がしばらく流るれば、日は雲海を茜に染めて沈み、月は冷涼な光を帯びて現れ、漆黒の空には無数の宝石が鏤められたり。

*漆黒の天球に無限と広がり行く銀河恒星のきらめきを見つめ、地球の未来を憂えるとともに、斯くある地上に美しく清き言葉の花が咲くことを願いつつ、我はきょうも時代を逍遥す。

(2007/10/13)


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。